ROAD_4.29@宮城県坂元仮設住宅

 LFN ROAD at 宮城県山元町坂元仮設住宅

2012.04.29.sun

今回のLOVE FOR NIPPON ROADは山元町役場でのイベントに加え仮設住宅に、
こどもの日に向けての、五月人形と鯉のぼりを プレゼントしに伺いました。 

私はいつものメンバー、WAKA、YUKARIと共に、宮城県の南端、
山元町に位置する坂元中跡地仮設住宅へ向いました。 
この日は、連日の雨があがり宮城でも24℃、春も過ぎようという陽気、GW初日にしてはスムースに現地に到着した。 
東北では先週あたりが花見だったのでしょう。サクラに少し葉がまざっています。


連絡を取り合っていた、自治会長の斉藤氏と数人のお父さん達が待っていてくれました。 
野球大会と重なり、あいにく子供達は少なく少し寂しい感じでしたが、 
いつものちびっ子達が数人、、、  「今日は何やんの?」  「デカい鯉のぼりたてるぞ!」
仮設の皆さんと設置場所を決め先ずは穴堀。



珍しい穴堀器に興味しんしんのちびっ子と穴を掘り、土台作り。 
みんなで砂利を集め、地盤を堅め、型枠をして更に砂利投入!





最後にコンクリートを投入し、良く馴染ませ、、、


金ゴテでしっかり押さえたら土台の完成!


お次ぎは鯉のぼり、土台の乾きを待ちながら、、、




作った事のある、お爺ちゃん達にほぼ仕切られながら、鯉のぼりは着々と完成へ、、、  

スタンバイOK!  

コンクリートが固まるまで、LOVE FOR NIPPON 山元町役場でのイベントにみんなで出かけ楽しみながら乾き待ち。  

イベント会場では、いつもの顔ぶれが楽しそうに盛り上がっている。 
子供達も久しぶりのメンバー達と汗だくで遊びに夢中、、、 
お父さんお母さん達とも近況を話合い、現在の状況を伺いながら楽しい一時を過ごさせてもらう。  

最近、廃棄物処理プラントが山元町、亘理町、閖上に2機づつでき、稼働し始めたらしい。 道中、海岸線に煙が上がっていたのが気になっていたが、それがそのプラントだ。 
プラントへも行って来たので、またBlog upします。



そろそろ、コンクリートも固まりイベントも落ち着いた。  

Mr. LOVE FOR NIPPON キャンドル・ジュンと共に坂元へもどり 

いよいよ人形と鯉のぼりの贈呈式!




みんなで記念撮影!  

さあっ! 鯉のぼりを上げよう!




完成! 高く、大きく、泳げ!!




五月人形も自治会長により丁寧に飾られ、無事贈呈完了!



少しだけ大変な事、みんなでやればあっという間に出来る、、、 

こんな風に、考えて行けばきっとこの先どんなに大変でも、いつか必ず復興出来る!  


すこしづつ、すこしづつ、、、、   


ーご協力企業さまー   


 武州甲冑製造株式会社  

 新田玩具株式会社  


この度のプロジェクトにご協力頂き本当に有り難うございました! 心より感謝致します。





120429_ROAD@宮城県山元町

 

 LFN ROAD at 宮城県山元町公民館前

2012.04.29.sun


これまで何度も訪れてきている山元町でイベントを開催してきました

山元町はJRが通っていたのですが

津波によってなくなったしまったので人口減少率がもっとも多くなってしまった町です

現状もどこにJRが復活するのかもわからず

津波地域のみなさんは家を修復するかどうかも決められず

ほとんどの地域が未だに瓦礫が残っている状態です

ボランティアも受け付けているのですが

なかなか集まらず、仙南地区の2市2町のなかでももっとも復興が遅れてしまっている場所でもあります





今回は飲食や物資提供の他、大道芸、My Pianoライブ、小久保淳平ライブなどを行ってきました

物資ですが青家の青山さんから手作りのマフィン100個いただきました

オーガニック全粒粉、豆乳、太白ごま油、きび砂糖で作っているので

卵&乳製品アレルギーの子供達でも安心という素敵なものであっという間になくなりました

また魂同組さんから焼き鳥やフランクフルトを、井田順子さんからは手作りグラノーラをいただきました



また久しぶりに山元町にかえってきてくれたPlumpynutsチームは綿菓子つくりと

いろいろな縁日グッズでまたしても子供たちに大人気となっていました


最近は現地の仮設でポスティング制度があり

イベント告知をおこなっています

この日を楽しみにしていたというみなさんが朝から集まってくださり

一緒に準備も手伝ってくれました


物資提供はもう良くないという声もありますが

ものだけもらって帰りますという方は逆に少なくなってきています

普段は逢わない避難者同士も久しぶりに顔をあわせ,近況を伝えあったり

もちろん自分たちメンバーとも再会を喜びあったり、今の避難状況などを伝えてくれます

継続している事で見えてきているこういったイベントの大切さが今回ははっきりとわかりました




復興支援がしたいけどどうすればいいかわからない

この先のやるべき事は?とよくきかれます

自衛隊が撤退したあたりから、それぞれの行政がそれぞれのことはおこなうこととおもわれがちです

ですが

行政の動きはあくまでも平均主義なので

ほんとうに困っている方々への活動はなかなかできません

各団体の活動も緊急時では即決で様々な事ができたのですが

行政との足並みをそろえると地道なものになっていきます

また

今から何かしたいと思う団体も、これからどこかのまちに入っていこうとすると

面倒な申請が必要であったり,色々な規制があったりでうまく活動できません




この山元町で続けてきた事はとても素敵な形に成長しています

始まりから終わりまで

小さな子供もたくさんあつまり

そのお父さんお母さんももちろん,おじいちゃん、おばあちゃんたちも一緒に楽しんでいます

なかなかそんなイベントはないと思いますが

提供している自分たちも、それぞれが現地のかたと話をしたり,子供たちと遊んだり(結構本気で遊んでいます)

この個人が現地の個人と様々な繋がりを持ってもらう事で

平均主義ではできないアクションがおこなえます

そんな繋がりから

坂本地区の仮設に今回は縁あって鯉のぼりと五月人形を提供してきました

自治会長さんはじめ仮設のお父さんがたと一緒に子供たちのための準備をおこないました



たしかに

ほかの仮設からはあそこばっかりずるいという声もありますが

他の仮設でもひなまつりからの繋がりで子供の日のおまつりを一緒につくりましょうというところもあります

大切な事は

行政からの落ちてくる平均的なものをまつのではなく

一緒に話をして一緒に作っていこうという声をあげること、そしてアクションをおこすことであって

そういったことがこの山元町でも少しずつできてきています

一方的に鯉のぼりなどを提供するのではなく

現地の大人たちとはなしをして,一緒に設置ををして、いっしょに喜びあう



こういったことが自分たちも支援している側という感覚(してあげている)ではなく

地震によってあらたに知り合えた家族達と

子供たちのためにあらたな町づくりをいっしょにはじめようというスタンスになり

他には得る事の出来ない人としての大切なものを感じさせてもらえることに繋がります


復興支援は被災者のためにということもありますが

自分自身へのためであるほうが良いと思います

またそれ以上に

ともに何かをつくり出し、喜びあえること

それがすべての生きることにつながる実感として現実的に現地にも自分自身にも与えられるのだと思います



福島のことを考えると大変なことばかりなので辛くもなりますが

こうして福島から宮城の一番の入り口である山元町をみんなで元気にする事が

やはり福島の生きるにすこしでも繋がってもらえたらと願います



だいぶ

震災関連の事は世間から話題が少なくなってきていますが

じつは今からがとても躍動的で

また支援の本質が試される時だと思います



しなければいけないことと思わずに

したいことと思うことができたら

そこには美しいものしか待っていないはずです



Candle JUNE



<物資提供>

井田順子(グラノーラ)

青山有紀(手作りマフィン)

CHUMS (帽子や洋服など)

Plumpynuts(綿菓子、駄菓子など)

魂同組(焼き鳥・フランクフルト)

WORLD SURVEY Inc.(シャンプー・リンス)

新田玩具人形株式会社(こいのぼり)

武州甲冑製造 株式会社(五月人形)



<ワークショップ>

メイドインアース(ミサンガあみ、布ナプキン作り)



<大道芸>

伝手プロジェクト(シルヴプレ/ドルフィンマジック/ポコ舞踊団)



LIVE

小久保淳平

My Piano



<マッサージ>

TAWOO森川千絵


<写真撮影>

大野秀典

大森常治


<ステージ>

シミズオクト


4.22ROAD@福島県三春町柴原萩久保仮設住宅

  LFN ROAD 
at 福島県三春町柴原萩久保仮設住宅
2012.04.22.sun



今回は411日に伺った福島県三春町の柴原萩久保仮設住宅で行われる

桜祭りに参加してきました。


以前のレポートにも書かれていましたが

三春町には有名な滝桜というサクラがあり

その開花に合わせて行われる仮設住宅のみなさんによるお祭りで

自治会長さんが書いた望郷桜という詩に青谷明日香さんが曲を付けて

411日にお披露目をしてきましたが

もう一度青谷さんに同行をして頂いて改めて歌を届けました。



天気は心配された雨はなんとか持ちこたえてくれたのですが

今日この日が見頃になるとの開花予想が出ていたさくらが

残念ながらここ数日の冷え込みによってまだつぼみの状態で

開花は来週に延びるだろうということでした。

それにも関わらず、三春町内には何台ものバスが走り

県内外から多くの方が訪れていました。



お祭りは11:00にスタートし、

富岡町の民謡愛好会のみなさんによる民謡の披露

仮設に暮らすみなさんの花笠音頭・炭鉱節・相馬盆歌踊り

大道芸人のパフォーマンス、スコップ三味線、

紙芝居などアットホームな雰囲気で進みました。


その後、この日の司会進行も務めていた

パチッコリンさんのお笑いライブがあり、青谷明日香さんのライブが始まりました。

青谷さんのコミカルで懐かしいさを感じるメロディーに

お母さんお父さん達は手拍子と笑顔で応え、

一番最後に柴原萩久保仮設住宅の自治会長さんが詩を書き、

青谷さんが曲を付けた「望郷桜」が披露されました。

桜の手ぬぐいをもったお母さん達がそれを振って応え

とても温かい時間となりました。




その後、JCV世界の子供たちにワクチンを日本委員会による

写真パネル贈呈式があり、桜祭りはすべての演目を終えました。


この仮設住宅は戸数が多くないのと、イベントスペースも十分でないためか

なかなか支援団体が入りづらいということでしたが

この日は沢山の方が集まり、また最後にはおだがいさまセンターから衣類などが

LOVE FOR NIPPONからはWORLD SURVEY株式会社さんからご提供頂いた

シャンプー・トリートメントをお配りしました。



最後みなさんとご挨拶をする際におだがいさまセンターのセンター長、天野さんと最後にお話させて頂きましたが

(ご本人もJACK天野として紙芝居で参加していました)

こうして小さいながらも人が集まれる場所を作り続けていくことで

故郷に帰ることが出来ない沢山の方が手を取り合って笑い合える環境を作り

また自治体ごとの垣根を取り払っていきたいという熱いお気持ちを知ることができました。



故郷を愛おしく思う人もいれば

それとは逆に嫌いな人もいる。

忘れられない思い出があるという人も、

またそこでしかできない仕事をしていた人もいる。




僕自身、とても故郷である双葉町のことが「嫌い」でした。


それでも、今は日に日に故郷に対して自分にできることをしていきたいという思いが強くなっていきます。

「好き」も「嫌い」も感じさせたあの場所に、恩返しといった大それたことではありませんが

先の見えない原発事故に対しての漠然とした不安を抱え、

未来のイメージすら思い描けないという状況を打破したい。

雇用捻出、立入り制限区域の分別、補償問題など多くのことが山積みですが

果てしないと思うような大きな山でも、それを山だと認識できればいつか頂上には辿り着けるはずだと信じて

具体的な問題から、みなさんが集まれるような場所の提供など幅広く取り組んで行きたいと思います。



LOVE FOR NIPPONスタッフ 須賀




LFN ROAD@福島県三春町

LFN ROAD@福島県三春町
2012.04.11.wed



毎月11日は被災地でイベントをおこなってきていますが

今月は福島県原発地域避難者が生活されている三春地区仮設住宅に行ってきました


去年からも何度か訪れていた三春地区の仮設ですが

クリスマスなどをおこなった熊耳仮設住宅以外にも6カ所あり今回は柴原萩久保仮設に行ってきました



何ヶ月か前におだがいさまセンタースタッフの方に依頼されていた

『仮設の自治会長さんが故郷富岡の桜を歌った詩望郷桜をかいており

それにどなたか歌をつけてくれないか』という内容に答えてきました



ラブフォーニッポンアクションでもっとも多くの場所で歌ってくれている

青谷明日香さんにこの歌の制作をお願いしていたのですが

東京の桜が満開になった今、ようやくその歌ができたということで

4月11日は柴原萩久保仮設住宅に青谷さん本人と歌を届けに行ってきました



事前に三春地区のみなさんにたくさん集まってもらえるよう告知をしていたのですが

あいにくの大雨で外の広場でロウソクを灯してライブを行う予定も中止となってしまい

談話室でのライブとなってしまいましたが

自治会長さんはじめ、みなさんが本当に歌を楽しみにしていて下さいました



高野さんというマッサージ師と写真家の石井麻木さんも同行してくれました

長い時間ではなかったのですが、それぞれに交流を深めることができ

また次回くることの約束もできました

小さな仮設なので、なかなか色々なボランティアが訪れないようで喜ばれました



三春ダムには有名な滝桜があり,それ以外にもたくさんの桜の木があり

4/22には桜を前に歌の発表会が予定されています

その日まで仮設で暮らすみなさんも歌を覚えておいてもらい

青谷さんと一緒に望郷桜を歌うことを楽しみにしてくれました



談話室で青谷さんが望郷桜を発表し、そのあと自身の歌を歌ってくれましたが

集まった方々は涙をながして聞いていました

ラブフォーニッポンをやっていてよかったと思えることですが

たくさんの被災地を一緒にまわり,ステージで歌ってくれる仲間達は

いっしょになって物資提供を手伝ったり、避難されている方々と交流するなかで生まれてきた新たな歌をうたってくれています

何度も通って生まれた歌

そこにはほんとうのこころがはいっていて

避難されているみなさんのこころにも届くのだと思います



子供と一緒にきていたおばあさんが号泣していました

その子供は

幼稚園にいて助かったけど家族みんなは津波に流されてしまったということです


震災当時はあまり泣かさないでくれと避難されている方達によく言われていましたが

こうしたふれあいのなかにある涙はいいものだと思いました

いろいろ思い出させてしまったから出た涙ですが

その涙をみた自分たちはこれからこの人たちともっともっと繋がって行こうと決心させてもらえます


いつかお互いがよかったねーと涙しながら喜び合える日をつくろうと目標ができる涙なんだと思います


ラブフォーニッポンも地道に活動してきた結果

いくつもの展開が、繋がりが生まれました


去年は出来ることを全部やるというテーマできましたが

今年の3/11からは出来ないことでも全部やるをテーマにしています


震災当時良く言われていたですが

あの言葉は一年経った今からようやく言える言葉だと思います

みなさんのおかげでいくつもの絆が今あります

10年後20年後喜びあえる繋がりを今作っています


どうぞこれからもよろしくおねがいします





LFN ROAD@宮城県七ヶ浜

LFN ROAD@宮城県七ヶ浜
2012.04.08.sun


ひさしぶりに宮城県七ヶ浜でのアクションでした

サッカースタジアムでのイベントもあわせると4回目くらいになるかと思いますが

今回は相撲土俵付近を借りておこなってきました


被災後の七ヶ浜に

行ったこともある方々は覚えているかと思いますが

大きな瓦礫の山はいまだに健在で

それどころか,以前にはなかった浜近くの地区にあらたな瓦礫の山が出来上がっていました

これはようやく始まった田畑の瓦礫を集めていった結果できたものだそうですが

これからまだまだ増えるようです

仙南地区と比べてもこの七ヶ浜は全体的に復旧工事や撤去作業がおくれています


ビーチは

震災直後コンテナなど様々なものが上がっていましたが

すっかりきれいになり波乗りをする方々がたくさん見られました


地元のサーフショップも仮設で営業を再開しています

行政の動きの遅れなどに不満を持ちつつも

とにかくみんなで出来ることをおこなっているそうです



また七が浜にあらたな仮設商店街もできあがっており

避難されている元トラック運転手(とても犬好きなご夫婦で犬小屋作りで仲良くなった)のお父さんがラーメン屋さんを開業していました

夢麺(むーめん)という名前でとてもおいしかったです



今回は毎回参加してくれているATSUSHIDragon Ash)と秀ちゃんラーメン、小久保淳平

そして最近子供たちのために大活躍のモンスターズと伝手プロジェクトの大道芸チーム

現地のアーティストのマイピアノさんとASARIさんが参加してくださいました

また大分県からゆめあかりロウソクも参加してくださり、避難されている方々にメッセージなどを書いてもらっていました


CHUMSのメンバーも物資とともに参加してくださり、現地お母さんがたと交流を深めていました



夜はキャンドルを灯し、ライブをおこないました

子供たちが喜んでくれてまた再会を誓いました

7月の海の日にここ七ヶ浜でイベントを開催することにもなりました



この4月から行政の配置転換や,システム変更がいっきにおこなわれています

それによって,被災地域でも避難されているかたがたは

ますます遠い所の人となり、孤立化していきます



これまでの大規模な震災の経験は生かされておらず

これだけに大きな規模の被災は体験したことがないので

本来であれば各地区が市町村レベルが独自に

ボトムアップで声を上げていかなければいけないはずなのに

コミニティはバラバラになっていて、そしてまた弱者の声が聞こえなくなってしまっています



震災当初より

今の状態の方が問題だらけとなっています


今後も

先の見えない避難者とともにあるためにも

引き続きどうぞよろしくお願い致します


3.24 ROAD@福島県久之浜

 LFN ROAD at 宮城県亘理町
"伊達なわたりまるごとフェア"
2012.03.24.sat 


3/24

福島県原発地域30キロ圏内久ノ浜の公民館に行ってきました


かつて震災当初、みなさんから頂いた支援物資を一番届けに行ったのが四倉,久ノ浜地域でした

ここは原発問題もですが、沿岸部は津波と火事で大変だった所です

当時ほとんど支援団体は入ってなく、個人の提供者がいるばかりで、自衛隊の支援物資もきていませんでした

避難所となった四倉高校にも炊き出しに行っていましたが

そこにスターターでもある海老原よしえさんを呼んで

歌を歌ってもらったり、交流を深めてもらっていました



そのよしえさんが現地のお母さんたちと交流を続けていて

個人的に物資をおくったり、イベントを開催したり

またラブフォーニッポンの四倉のイベントなどにも参加してもらったりと

四倉での出逢いを大切にここまで育んできてもらっていました

今回はそのよしえさんからの呼びかけでイベント開催してきました



お母さんたちの子供たちが今回保育所を卒業ということで

ぜひまたみんなできてくれないかと呼ばれました

久ノ浜の保育所も

かつては何十人もいたらしいですが

現在は3人しかおらず、せっかくきてくれるのであれば

小学校や中学校を卒業した子供たちにも集まってもらいたいということで

公民館を借りてもらいそこで開催となりました

お母さんたちと話をいろいろしましたがいわき市は現在たくさんもらった義援金をもらったさきにかえしているみたい

一度しかお金はもらってないのにね

学校は毎日放射線量を測定していて,メールをくれるけど、除染した所しかはかっていないのよ

公民館や公園にも空間測定値が設置されているけどその数値とあきらかにちがう

そして数値が高い時は公表しない

さまざまな話を聞きました。

やるせない想いでいっぱいでしたが、それでもあったかい時間をみんなでつくりだしました

ちいさなちいさな卒業パーティでしたが、被災当時から知っている子供の成長をみれて嬉しくもあり

鼻血が止まらないときがあったなど、確実にそこにある放射能の恐怖とともに暮らさなければいけない家族達と

やはり、これからもともに、ともに子供たちの成長していく姿をしっかりと見届けなければいけない使命感を感じました



どんなときでも協力してくれる魂同組

どんな内容でも、子供たちが少なかったとしても道化のみなさんを引き連れて参加してくれる伝手プロジェクトメンバー

今回の繋がりを大切に紡いでくれた海老原よしえさんにあらためて感謝します


ROAD@宮城県亘理町

 LFN ROAD at 宮城県亘理町
"伊達なわたりまるごとフェア"
2012.03.20.tue


<LOVE FOR NIPPON 畑中達生レポート>


 LOVE FOR NIPPON にとってここは震災直後から支援をさせて頂いた場所で、

比較的大所帯の避難所、山元町役場、坂元中学校へ炊出しに行き、残った炊出しを、集まって居る

ボランティアの人達に食べてもらおうと行った先が、ここ旧亘理町災害ボランティアセンターでした。

当初は報道にも取り上げられる事無く、忘れられていたかのような状態、炊出しもボランティアには無く

多数のボランティア達がそこでテントを張り、レトルトや缶詰の食べ物を摂り必死に作業していました。

「生野菜と温かいご飯を食べさせてあげたい」と言う、ボランティアセンタースタッフ佐藤さんの言葉と

僕達の持っていた炊出しは合致。

「温かいご飯の豚野菜丼」炊き白米をあけた時の、泥だらけのボランティア達の大歓声を覚えています。



今回、参加して頂いたBONNIE PINKやウルフルズのリーダー、ウルフルケイスケさんもここへの炊出しに

同行してくれていました。著名人に励まされボランティア達が盛り上がった光景、ケイスケさんの大ファン

のボランティアがいて「こんなタイミングでケイスケさんに会えるなんて、、、」と号泣していた事も覚え

ています。



 亘理はもともと、イチゴの産地で「イチゴの里、亘理」という程、おいしいイチゴのできる地域です。

津波被害によって、ほぼ全てのハウスは崩壊し土壌は塩害。壊滅的な被害でした。


あれから1年。


佐藤さんからのお誘いで、このフェアに参加する事に成りました。

このフェアは、イチゴの収穫に際し先行出荷の場でもあり、毎年盛大なフェアだったと聞いています。

「出店も少なく、、なんとかフェアを盛り上げたい!」 という佐藤さんの情熱に答えようと、

当時、一緒に炊出しに行ってくれた、BONNIE PINKとウルフルケイスケさんに声をかけたところ、

「行けてなかったから、、気になってた、、是非出演するよ。」と気持ち良く答えてくれた。



ボランティアとして、ここでテント生活をしながら活動していたシンガーソングライター石野田 奈津代さんと、

毎回同行して頂いているシンガーソングライター小久保 淳平くん、子供向けのコンテンツがあまり無かったので、

新聞紙ワークショップのモンスターズ、ペットボトルギターの華丸さん、伝手プロジェクトより大道芸の方々に

も参加して頂き、当日を迎えました。


  亘理町の太鼓チームより、自衛隊・警察・ボランティア、当初懸命に復旧活動して頂いた皆様への御礼の歌、

太鼓の音が鳴り響き、イベントは始まりました。



当初思っていたよりも出店も集まり、イチゴの出荷も多少だが対応できてイチゴのブースには長蛇の列の大盛況。

亘理町長いわく、2年で日本一のイチゴの産地にすると仰っているそうです。




モンスターズの新聞紙の被り物と華丸さんのペットボトルギターを持った子供達が、あちこちに姿を見せ、

ライブにも多くの人が集まり、活気に満ちたイベントスペースに成りました。モンスターズと華丸さんの

ペットボトルギターは、すごい人気で最後まで途切れる事無く子供達に囲まれていました。



モンスター、ペットギターを持った子供達は皆、満面の笑顔!




ライブが始まると、ぞくぞくと人が集まりあっという間に人だかり。



ライブ終盤はアーティスト全員で、会場の皆さんと「今日の日はさようなら」の大合唱!

ボラセンスタッフ、来場の方の涙するシーンも多々ありました。



最後にキャンドル・ジュンの言葉が贈られ、このイベントを終えました。



いつも、LOVE FOR NIPPON の活動に参加して頂いている、スターター・アーティスト・

クルー・サポーター、物資提供下さる皆さんのおかげで活動を続ける事ができています。


現地では、まだまだ問題は山積みに成っており、前進しているとは言えスタートラインにも

到達できていない仮設に暮らす方々も大勢いらっしゃいます。

ぜひ一度、LOVE FOR NIPPON と一緒に現地を訪れ復興の一歩をみなさんで共有しませんか?

現地を見て感じた事や、現地の方々と話し現状を理解し、まだまだこれからが復興への道であり

まだまだ忘れては成らない現状を理解し、支援を続けて行く力に成って頂ければと思います。



佐藤さん(左)、いつもご苦労様! 


亘理ささえあいセンター「ほっと」

http://msv3151.c-bosai.jp/group.php?gid=11036



【LIVE出演アーティスト】

  BONNIE PINK

  ウルフルケイスケ

  石野田 奈津代

  小久保 淳平


【ワークショップ】

  藤井 華丸

  モンスターズ


大道芸

  伝手プロジェクト


【物資提供協力】

  CHUMS

  eri(mother)

  WORLD SURVEY Inc.


「イベント終了後、私は華丸くん、アシスタント美波、ケイスケさんのマネージャ本田さん、

LFNクルーの若、由加利、物資提供をして頂いたCHUMSスタッフ3名と共に南へ、いつも

伺っている仮設住宅へと向かいました。また、後ほどその時のご報告をさせて頂きます。」





ROAD@宮城県亘理町

 LFN ROAD at 宮城県亘理町
"伊達なわたりまるごとフェア"
2012.03.20.tue


亘理町は宮城県南部のなかでももっとも震災直後からボランティア活動が盛んな町でした

ラブフォーニッポンでも何度も炊き出しに入ってきたのですが

このボラセンの佐藤さんから町の物産展にぜひ、ラブフォーニッポンのみなさんにも来てもらいたいとお願いされて、イベントに参加してきました



この町も未だ仮設で暮らす方

ボランティアと個々に連絡を取り合って修復作業をされる方など震災復興はまだまだこれからと言った感じです


最近どこにいっても良く言われる『震災直後の連休まではいろんな人が来てくれたけど

あとは全然こなくなったね』という台詞も、今回はBONNIE PINKさんやウルフルケイスケさんなど

かつてこのボランティアセンターに訪れたことのあるメンバーとともに入ることができたので

両者とも喜び合えることができました



また

現在ラブフォーニッポンでは高校生ボランティアのナカッチというスタッフがいます

彼は現在でも亘理町の農家さんに泊まり込みでお手伝いをしていますが

今回はみんなでイチゴハウスの修復や、また桜の木を植えてきたそうです

まだまだ修復作業は今後も続きますが

高校生の彼はいつかその桜が咲く頃にも訪れたいと笑顔で話してくれています



ラブフォーニッポンでは震災直後の一時的支援で終わりではなく

その出逢いから、継続して支援活動をしています

現在では町と共に復興イベントを開催したり、またいくつかの雇用促進プロジェクトにも参加しています



なにより、地震によって出逢えたことに感謝して

いつかはともに喜びあえる日が来るように活動を続けています


現在の被災地域は問題がより深刻になってきています

自己責任的な行政の判断や、個人を尊重していくあまり

全体の統制もとれず、それぞれの不満や、また長い避難生活からのストレスなど

現地の方々、行政の方々だけではうまくいかないことも多くあります



これからもなかなか表には見えてこない現地の状況と

外から入っていくことの大切さをお互いが認識し合い、世間で言われるというものの構築をしていきたいと思います

一方通行のばかりあった気がしていましたが

ラブフォーニッポンでかつて訪れてきた所には確実にと呼べるものが生まれつつあります


どうぞ

みなさん

これからもよろしくおねがいします


<LIVE>

BONNIE PINK

ウルフルケイスケ

小久保淳平

石野田奈津代


<ワークショップ>

モンスターズ

藤井華丸


<大道芸>

伝手プロジェクト


<物資提供>

CHUMS

eri(mother)

WORLD SURVEY Inc.








LFN ROAD 3.11 at 宮城県大崎市

 LFN ROAD at 宮城県大崎市
2012.03.11.sun
 

LOVE FOR NIPPON ROAD 2012.3.11(sun)

キャンドルナイトinおおさき〜復興への灯り〜


ラブフォーニッポンが東日本大震災から1年となる311日に

福島、宮城4ヶ所にて現地活動を行う中

自分達のチームは宮城県大崎市で行われるキャンドルナイトinおおさきに参加してきました。


この催しは地元の青年会議所が主催しているもので

そのメンバーのみなさんからは早い段階から参加依頼を頂いており

LOVE FOR NIPPONが宮城県岩沼市などで活動する時にも

手伝いに来て頂くなどして交流を持ってきました。


震災によって大崎地域は一市四町では死者6名、行方不明者3名、全壊した家屋832棟、半壊が3454棟という被害を受けましたが

被害の大きさは比べるものでもないことを前提でありつつも

沿岸部よりも被害の規模は小さかったため、報道されることはほとんどありませんでした。

大崎市のみなさんは「沿岸部の津波の惨状に比べれば」と手を取り合い、歯を食いしばって

この未曾有の災害を乗り切ろうと未来を見つめ、前に進み続けてきたと聞きます。



そして1年を迎える311日に改めての追悼と、沿岸部の方々へのエールを贈るため、またこの震災を、そこから得た教訓を風化させず後世へ残していくための開催となりました。


当初からLOVE FOR NIPPON311日の動きはある程度考えていた部分もあり

現地アクションが重なるため、割ける労力、スタッフなどは限られていましたが

それでも「できることは何でもして行こう」という想いで

Candle JUNEさんのロウソクを灯すことと、LOVE FOR NIPPONスターターのみなさんからメッセージを頂き

それを届けること、また、伝手プロジェクトさんのご協力で大道芸人のパフォーマンスとマッサージ、メイクのサービスも届けられることが決定しました。



イベントは14:46の黙祷をもって始まりました。


出店は14:00〜だったためすでに会場には多くの方が集まっており

2011311日のあの時から一年、その時を会場にいらっしゃる全員で静かに黙祷を捧げました。





その後イベントがスタート、

会場は地元の商工会や商店からの出店で賑わいを見せました。

スターターのみなさんから預かったメッセージボードは会場の中心に飾られ

多くの方が熱心にメッセージを読みながら、また記念撮影をされて行かれました。




夜には5000個を超すキャンドルが灯されるということで

メッセージか書かれたキャンドルホルダーからひな壇に並べられていきます。




ステージでは、大道芸人のみなさんがパフォーマンスをはじめ、大いに会場を盛り上げていました。

LOVE FOR NIPPONでは恒例になっている大道芸人さんのステージですが

実はみなさんそれぞれがすごい経歴の持ち主の方ばかりで、それを会場でも説明したところ驚く声が上がっていました。




その後、暗くなってくると共に会場ではキャンドルの準備も急ピッチで進められ、

自分達も会場の展開をアドバイスしながらCandle JUNEさんから預かったロウソクを並べていきました。

日も沈むころ、メッセージが書かれたキャンドルと沢山のグラスキャンドルが灯され

JUNEさんのロウソクも灯されました。

キャンドルは街を表す球体とそれを囲う大崎を流れる江合川を表す「青龍」というきれいなモニュメントの周りに展開し

それを沢山のみなさんで囲うように、静かな夜を迎えました。

19:00前には復興を記念する花火が打ち上げられました。

それを見ながら涙を流す方もいらっしゃり、また同行した女性スタッフ(彼女自身も福島県浪江町の出身で、家族が被災しました)も様々な想いがあったのか、空を見上げる目からは涙が溢れていました。





自分自身も、福島県双葉町に暮らす家族が被災し、直後に起こった原発事故によって先の見えない避難生活を送っています。


そんな中で、ただひたすらにできることを続けてきました。

なにか出来ないか?と思った発災直後から、いまではそういった思いを抱えている方々に

できることは沢山あるんだということを伝え、またその機会を提供する立場になり

福島宮城のみなさん、また沢山のご協力を頂いている「CREW」のみなさんとも交流を持たせて頂くことができました。


これは奢りと取られるかもしれませんが

「自分一人」では何もできなくとも、それを手伝いたいと思って頂いている方は

想像以上にたくさんいらっしゃることがわかりました。


その想いをしっかり形にする意味でも、常に現地ニーズを汲取り、

的確な支援の方法が提案できるように、

ただ「ひたすら」ではなく

効果的な活動を行っていきたいと思います。


次のフェーズに入っていく復興計画や原発事故処理、またその補償–––––

先は長いと思ってしまいますが

今しかできないことは沢山あるはずで、このタイミングで出来うることはすべてやっていきたいと考えています。


最後に

いつもご支援頂いているみなさんと現地で協力して頂いているみなさん、

また宮城福島関わらずいつも駆けつけて手伝ってくれている宮城県栗原市のみんなへ感謝致します。

ありがとうございました。



3.11@福島県いわき市四倉

 LFN ROAD at 福島県いわき市四倉
2012.03.11.sun

3月11日(日) 魂同組 × LOVE FOR NIPPON ROAD@福島県いわき市四倉



震災から1年が経つこの日、

スターターでもあり、独自に魂同組というチームで復興支援のアクションを行っている

Bro.KONEさんをリーダーに、この日一日を福島県いわき市四倉で過ごさせて頂きました。


いわき市四倉は、震災直後から代表のCande JUNEが物資を届け、

6/11や9/11には道の駅でイベントを開催。

仮設に暮らす方々のみならず、多くの方々とのふれあいを持ってきた場所です。


この日、道の駅よつくら港で開催された慰霊祭「ミライハ、ココカラ」に参加してきました。




当日は、朝から地元の方達を中心に、会場の設営をして下さっていました。

道の駅の広場にステージを作り、LIVEや沖縄や東京から来たエイサーチーム、

じゃんがらチームの演奏で賑やかにイベントがスタート。




LOVE FOR NIPPONもブースを構え、シャンプーとトリートメントの提供、

同行して頂いたタレントの大原かおりさんから新品のランドセルをご提供頂きました。


6月にも四倉にご同行頂いた今川焼チームのみなさんも参加してくれ、

ブースには常に長い列ができていました。


「ランドセルは、高価なものなので孫に買ってあげたくてもなかなか厳しかった」と

喜ぶおばあちゃんの姿が見られたり、小学生にあがる子供が多くいたのもあり、大好評でした。


大原かおりさんも子供たちやおばあちゃんの喜ぶ姿に時より涙しながらもブースに立って下さっていました。


お昼過ぎ、LOVE FOR NIPPON、Bro.KONEさんのライブ第1幕がスタート!

合わせて参加した経緯やLOVE FOR NIPPONの紹介もさせて頂きました。


以前伺った時にはなかった大きなドームテントが建てられており、

テント内では地域の物産展や、地域の伝統であるとんぼ玉作りや陶板作り体験、

ツリーイングの体験ができたりと、子供も大人も大賑わいでした。


LOVE FOR NIPPONからもネイル&ハンドマッサージの女性チームがブースを展開してくれ、

地元の方々との会話も楽しみながら、ご提供を続けて下さいました。


生活必需品が求められる中、ネイルなどの贅沢品はなかなか購入できないため、

喜ぶ顔がたくさん見られたこと、スタッフのメンバーも逆にパワーをもらったと、

ありがとうの交換が交わせた事が何より嬉しく思います。


外のグラウンドでは、復興メッセージが書かれた凧があがり、

子供や若者、お年寄りの方まで空を見上げて懸命に凧をあげる姿は、

今の日本に忘れられた事を思い出させてくれるような、印象深い光景でした。


また、福島三島町からトラック2台分の雪の贈り物があり、

かまくらや滑り台を作り、子供たちが元気に遊んでいました。



14:46 黙祷の時間に合わせて、会場内に設置されたモニターで

全国中継された追悼式が流れ、しばし沈黙の時間を過ごします。




その後も元気にステージやワークショップは続きました。

物産展もいつもより長い時間展開され、おばあちゃんたちも活き活きしていらっしゃり、

見ている私たちも元気をもらいました。



夕刻より間伐材を利用して作った切り株の灯籠を「絆」の字に並べ、点火されました。

「絆」の文字がきらめき、かまくらにキャンドルも灯され、夜の時間にまた人が集まってきていました。


切り株の灯籠になかなか火がつかなくなりつつも、

地元の方達が笑いを交えながら懸命に灯す姿が印象的で、

いわき、四倉への愛が感じられた瞬間でもありました。



ラストステージは再びLOVE FOR NIPPON、Bro.KONEさんの登場!!

大原かおりさんがMCをつとめ、アツい想いを語って頂きました。


Bro.KONEさんから魂同組、LOVE FOR NIPPONのスタッフ一同が呼ばれ、

最後はみんなでステージ上にあがり、それぞれの想いを語らせて頂きました。


フィナーレはあの名曲「Won't be long」を全員で熱唱!!

熱唱の後にアンコールがかかり、再び大盛り上がりのステージで幕を閉じました。


魂同組のみなさんが繋いで下さったこの四倉でのROAD、

LOVE FOR NIPPONとして参加させて頂けた事、心から感謝致します。


よつくら港のみなさんが、この日のために時間をかけて作ってきたイベント。

みなさんのエネルギーと、愛情を感じる事ができました。


不安や国に対する疑問、悲しみが癒えない、そんな毎日でも、

前を向いて生きて行こう、みなさんの明るさにまた胸を打たれる想いでした。


素敵な時間を共有させて頂き、本当にありがとうございました。

また必ず伺わせて頂きます。





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